発酵種(天然酵母)のパンは,なぜ値段が高いのか?〜考察その1〜

<概要>

発酵種のパン(天然酵母のパン)の販売価格は,一般に高いと考えられている。その理由は,従来,発酵種のパンの製造工程にあると考えらていた。しかし,家庭で作った発酵種のパンには,市販されているパンよりも多くの小麦粉が使われている。そのため,小麦粉の値段を考慮して,発酵種のパンの販売価格を見積もれば,その販売価格は妥当であると考えることができる。

<1.はじめに>

横浜駅西口の地下街を歩いていたら天然酵母パンが売られていた。三分の一カットのパン・ド・カンパーニュが¥250くらいであったろうか?食パンも¥300以上したように思う。

自分でパンを作っている者として,『高い!!』と思った。

しかし,なぜ高いのであろうかとも,思った。

インターネットを使ってパンの文献を検索していたら,少し古いが興味深い文献を見つけた。以下の文献は,CiNiiという学術文献検索サイトからフリー(つまり無料)で閲覧・ダウンロードすることが可能である。リンクを貼ることは容易であるが,あえて,テキストのURLを記載するに留める。著作権への配慮のためである。

・松尾志穂,浜田知子,米田寿子,天然酵母利用パンについての評価,九州女子大学紀要 自然科学編,Vol. 38,No. 2&4, pp. 25-37(2002/03).(http://ci.nii.ac.jp/naid/110004624913)

また,ここで,著者の方々に,「さん」や「様」などの敬称を付していない。これは,学術論文における引用の慣例に従っているまでである。

松尾さんらの上記の文献において,天然酵母利用パンについて,以下の二つのことが評価されている。

(1)天然酵母利用パンを作るパン屋さんと女子大生の天然酵母利用パンに関する意識調査結果。

(2)ドライイースト,ホシノ酵母,レーズン発酵種の発酵力に関する実験およびそれらの酵母を使って作った食パンの評価。

上記(1)の評価において,興味深いのは,パン屋さんも女子大生も「天然酵母利用パン」を「高い」と考えていることである。

一方,上記(2)の酵母の違いによる発酵力に関する実験は,パンを自宅で作っている私のような者には,とても貴重なデータである。簡単に言えば,ドライイーストは速く発酵し,ホシノ酵母やレーズン発酵種はゆっくり発酵が進むというデータである。

このブログ記事を書こうと思った動機は,上記の(1)に関して,「天然酵母利用パン」が「高い」と思われているのは,「なぜか?」と考えたことである。冒頭に記した通り,横浜のパン屋さんの店頭に並んでいた天然酵母パンを,私も「高い!」と思った。

松尾さんらの文献では,天然酵母利用パンが高い理由について,その製造工程にあるのではないかと記しているのであるが,私は,異なる理由を考えている。

私が考える天然酵母利用パン(以降は,私の言い方に改めて,「発酵種のパン」とする),2016年3月12日に焼いた「強力粉と薄力粉のパン・ド・カンパーニュ」を例にして,議論を進めたい。

パン・ド・カンパーニュ 2016/3/12バージョン その2
パン・ド・カンパーニュ 2016/3/12バージョン その2

<2.強力粉と薄力粉のパン・ド・カンパンーニュの仕様について>

2.1材料とその値段

上記の表に加えて,水を160 g(水道水を38°Cに温度調整,加水率61 % 相当)を使っている。水の値段は,ほぼ,無視してよいであろうと考える。

2.2発酵条件,焼成条件

(1)一次発酵:室温(18°C)× 17 h(15:00〜翌朝8:00)

(2)二次発酵:室温(22〜23°C)× 3.5 h(8:15〜11:45)

(3)焼成条件:210°C × 33 min。

2.3 焼成後のパンの重さ

焼成後のパンの重さは690 gであった。食パン1斤は約300 gであるから,2斤相当のパンになったことになる。

強力粉と薄力粉のパン・ド・カンパーニュの材料と値段の表
強力粉と薄力粉のパン・ド・カンパーニュの材料と値段の表
焼成後690 g
焼成後690 g

<3.パンの重さと値段の円グラフ>

以下に,パンの材料の重さと値段を円グラフにして示す。

パンの材料の重さの割合の円グラフ
パンの材料の重さの割合の円グラフ
パンの材料のコスト割合の円グラフ
パンの材料のコスト割合の円グラフ

上記のグラフから,

パンの材料の重さの78.9%,コストの72.6%を小麦粉が占める。

<4.発酵種のパンが高くなる要因に関する仮説>

4.1製造工程にコスト高の要因を認め得ないということ

上に紹介した松尾さんらの文献では,「天然酵母利用パン」(松尾さんらの文献がそう称している)が高い理由について,その製造工程を挙げている。しかし,私が,発酵種のパンを自作していて,パンそのものを作る工程にはコストを高くする要因はないと考えている。

パン屋さんが,発酵種のパンを販売する際に,発酵時間が長いことは,製造工程の制約にはなるであろうが,志賀勝栄さんが,著書『パンの世界 基本から最前線まで (講談社選書メチエ)』に記している通り,夕方から朝までの時間帯を利用すれば,一次発酵に要する時間の長さ,デメリットにはならない。

 

パンの世界 基本から最前線まで (講談社選書メチエ)

このことは,高橋雅子さんの著書『少しのイーストでゆっくり発酵パン—こんな方法があったんだ。おいしさ再発見!』において,夜間の冷蔵発酵を推奨していることにも当てはまる。

少しのイーストでゆっくり発酵パン—こんな方法があったんだ。おいしさ再発見!

4.2発酵種を使用したパンの値段が「日本のパン」の妥当な値段であろうという仮説

4.2.1パンの材料,特に添加物について

私の作っているパンは,志賀勝栄さんの著書に啓発された「リーンなパン」である。上記の材料表の通り,「小麦粉,酵母,塩,および,水」しか使っていない。

一方,松尾さんらの文献において作っているパン(食パンであるが)には強力粉の重さに対して,5 %の砂糖が添加されている。日本において売られているほとんどのパンは加糖されることが当然と考えれている。文献での松尾さんの所属は「九州女子大学 家政学部 栄養学科」となっているから,管理栄養士や栄養士として,食物のプロフェッショナルであろう。その松尾さんらの文献においてさえ,加糖したパンを作っている。

一方,志賀勝栄さんの著書『パンの世界 基本から最前線まで (講談社選書メチエ)』には,1993年9月にフランスおいて制定された「デクレ・パン」という「パンの法律」について説明がある(34-37頁)。

その法律の紹介の中で重要と志賀さん記しているのが,「パン屋の定義」と「フランスの伝統的なパンの定義」である。志賀さんの著作を引用は避けるが,フランスの法律に関する以下の部分だけ引用させて頂く。

『第二条 「フランスの伝統的なパンの名称,あるいはこれらの名に結びつくような名称で販売できるのは,その形がどのようなものであれ,その製造の過程でどのような冷凍処理もされておらず,いかなる添加物も加えられておらず,以下のような特徴を示す生地の焼成過程からできたパンに限られる。

1.パン製造用小麦粉,飲料水,調理用の塩のみで構成さていること。

2.パン用のイースト(出芽酵母)とデクレの第四条の定義での天然酵母によって,もしくはこれらパンアルコール発酵作用のうちの一方のみによって発酵されていること。

3.場合によっては,小麦粉の総重量に対する以下の上限で,次のものを含むことができる。

a) 2パーセントのそら豆粉,b)0.5パーセントの大豆粉,c)0.3パーセントのモルトパウダー。』

一方,日本において売られいる廉価な食パンには様々な添加物が入っている。例えば,1斤が約¥100で売られている山崎パンの”The Bread”という名称の食パンの原材料は以下のように表記されている。これだけ色々なものが入っていると,フランスでは,「伝統的なフランスのパン」と称することができない。もちろん,食パンはフランスではなくイギリスのパンであるから,それはそれで,構わないであろう。

山崎パン "The Bread"原材料量名
山崎パン ”The Bread”原材料量名

上記の食パンは約¥100で売られているから,その,製造原価を,販売価格のおよそ四分の一以下であろうと推察する。工業製品は,原料費,加工費,人件費,物流費,その他の経費も含めて値段が決まるから,材料費を四分の一程度にしておかないと,作るだけ赤字になってしまう。大きなパンメーカの作るパンは工業製品であるから,当然,その材料費も,同様に考えてよいであろう。

ここで,以下のような見積もりをすることができる。上の食パンに使われている小麦粉の値段である。食パン1斤は約300 gである。食パン中の小麦粉の分量を私のパン・ド・カンパーニュと同等の65%と仮定する。すると,300 gの食パンの中に195 gの小麦粉が使われていなければならない。

小麦粉1 kgの値段を¥245とすると,195 gの小麦粉の値段は,¥47.8となり,食パンの値段の半分になってしまう。これでは,とても,1斤を¥100で販売することは不可能であろう。

別の見積もりも可能である。1斤を¥100で売るために,その材料を四分の一と仮定する。すると,材料費は,¥25である。そのうち,小麦粉のコスト割合を私のパン・ド・カンパーニュと同等の75 %と仮定する。すると,パン1斤¥100の中の小麦粉のコストは,¥18.75となる。小麦粉1 kgが¥245として重さに換算すると,76.5 gである。食パン1斤300 gのうち25.5 %のみが小麦粉であるという計算になる。すなわち,1斤のパンの中には四分の一しか小麦粉が使わていないということになる。

4.2.2 発酵種のパンが高い理由の仮説

上記に示した私のパン・ド・カンパーニュ焼成後の重さ690 gには450 gの小麦粉を使用している。そのコスト割合は72.6 %である。パン1斤に換算すると,小麦粉の値段は,¥46.09となる。パン全体の材料費とすると,¥63.49である。

材料費を四分の一として,販売価格を決めれば,パン1斤を¥253.9とせざるを得ない。これは,冒頭に記した横浜西口の地下街において売られていた天然酵母食パンと同等な値段になる。

発酵種のパンは,添加物が不要なパンである。発酵種のおかげで,発酵中にアミノ酸など複雑な味が醸し出されるからである。添加物を加えてしまっては,それらの微妙な味わいが台無しになる。

しかし,日本の小麦粉が決して安くはない(それでも,米よりは安い:当ブログの過去記事:メモ書き:米と小麦粉の値段の不合理について参照)。

よって,発酵種のパンは,「高い」のではなく,小麦粉のそのものの値段を反映した「妥当な値段」として販売されているに過ぎないと考えられる。

もちろん,発酵種のパンに「付加価値」を上乗せして,一般的なパンよりも高い値段設定されているということは考えられる。しかし,高すぎるパンは,買われないであろうから,需要と供給が釣り合う価格に収束するはずである。

ここに書いたことは,あくまで素人の「仮説」に過ぎない。しかし,家庭で作るパンと工場やパン屋さんが作るパンの小麦粉の値段が倍以上の値段の差があるとは考え難い。このことは,いずれ,別の機会に,記事にする。

<5.まとめ>

発酵種のパンは,一般に「高い=高額』と考えられている。しかし,発酵種のパンは小麦粉の含有量が多い。よって,日本の小麦粉の値段を考慮すると,その値段は,妥当と考えられる。

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