『中世のパン』を読んだ記録(なぜパンのレシピは時間に厳格なのかについて)

私は毎週ごとにパンを作ってはいるが,その作り方は,毎週異なる。二つの理由がる。

1.毎週,実験を行っているため(粉量や水および種の量を変えるだけで実験になる。もちろん,焼成条件を変えることであってもである)。

2.発酵具合が毎週ことなる。これは,主に,室温一次発酵をしているためである。温度条件を一定にできないため,発酵はその時次第である。

しかし,一般にパンの作り方(レシピ)は,材料と時間についてかなり厳格である。そのことについて,家庭において作るパンの例に挙げられる「バターロール」を例に疑問を記事にしたことがある(自分で作って食べるためのパンを考える(その6:所要時間について考える)〜バターロールレシピへの疑問から〜)。

パンのレシピがなぜ時間について厳格なのか?,と,いうことについて,私個人としては回答は持っているのであるが,それを,文献として明示してくれているものに出会っていなかった。しかし,やっと,そういう文献(本)を読むことができた。

・フランソワーズ・デポルト著,見崎恵子訳,中世のパン (白水Uブックス),白水Uブックス(2004/10) [単行本は1992/5出版,原著はフランスにおいて1987年出版].

この本は,フランス(地理的には,現代のフランス:中世のフランスは現代のフランスよりかなり狭い)の都市における「パン事情」を歴史学者が書いたものである。扱っている時代は,中世となっているが,一般に,中世後期と呼ばれる12世紀ー16世紀である。時代背景としては,十字軍がほぼ集結し,フランスが英国との百戦戦争をしていた頃である。

章の目次だけ示そう。序,十章の論述,および,結論から構成されている。

・序

・第一章:麦畑から粉挽き場へ

・第二章:パンづくり

・第三章:パン屋の共同体と同職組合

・第四章:フランスパン巡り

・第五章:パンの販売場所

・第六章:なくてはならない市外からパン

・第七章:自家製のパン

・第八章:パンの価格,原則と実際

・第九章:都市の中のパン屋

・第十章:パン消費の数量的評価の困難

・結論

この本は,読みやすい本ではない。

第一に,レイアウトが読みにくい。文字が詰まっているのである。原著が出版された1987年にはPCは未だ一般的なものではなく,大学の研究者もタイプライタを使っていた時代である。そして,日本では,「ワードプレッサ」がやっと一般に使えるようになり始め頃である(一太郎の初期のバージョンの時代である:Microsoft Word日本語版はまだない頃)。その頃の著作であるから,執筆や編集作業の多くは手作業であったであろう。それが,「文字が詰まっている」理由ではないかと推察する。今なら,もっと読みやすいレイアウトになったであろと思う。

第二に,この本は,「フランスの中世」に関する予備知識を,当然ながら必要とする。中世のフランスは,ローマカトリック教会を支える基盤のような土地であった。このころ多くのローマ教皇が「フランス人」である。そのため,当然のように修道院(ヴェネディクト会,クリュニュー派,シトー会など),騎士団(聖堂騎士団=テンプル騎士団,聖ヨハネ騎士団=病院騎士団=ロードス島騎士団),有名なフランス王(フィリップ二世,聖ルイ=ルイ九世,シャルル7世=百年戦争に勝利した王)などが躊躇なく出てくる。

なぜならば,各教会や修道院や騎士団は領地を持っており,自ら小麦を育て・パンを作っていたし,各王は年のパン供給の責任と管理が重要な政治であったからである。

本を読み始めたら,各章にメモ書きしたいことが多く,付箋を付けていたらハリネズミになってしまった。

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この本の結論の書き出しが興味深い。引用させていただく。

「パンは,明らかに,西欧キリスト教世界の物質的・精神的遺産の一つである。フランスにおけるパンの歴史は,いわゆる中世期に始まったものではないし,また一六世紀を持って完結するものでもない。しかし,まさに中世というこの長い時代において,パンづくりに決定的な発展がみられたのであり,パンが国民的伝統として根づいたのもこの時代であった。」

現代のフランスにおいてパンは文化を代表するものである。日本においても,多くのパン店がフランス語の名称を使用している。しかし,著者は,それが中世に戻るといっているのである。それを歴史学的に論述したのがこの本である。

横道にそれるが,塩野七生さんの十字軍物語〈3〉に興味深い記述がある。英国のリチャード一世率いられた第三回十字軍が,現代のシリアの地中海沿岸での「アルスーフの戦闘(1191年9月7日)」に勝利し,戦闘により死んだ馬を焼いて食べる(塩野七生さんは「バーベキュー」と記しているが)ところである。このころ,十字軍への補給はジェノバの船団が,シリア沿岸から行っていたが,補給食糧は日持ちのする「パンやチーズ」が主であった。その上で,死んでしまった馬を焼いて食べるのである。十字軍物語〈3〉から以下を引用させていただく(単行本118ページ)。

「アルスーフの町の広場という広場から,バーベキューの煙が立ちのぼることになってしまったのだ。ピストン輸送による補給で,リチャード軍は水にも食にも不足していなかった。だが,季節はいまだ夏。補給される食はどれも腐敗しにくいパンやチーズで,肉を口にすることなどは,指揮官クラスでもなっかったのである。また,南欧の人ならば魚も多く食するが,北ヨーロッパの男たちとなると,肉を食べないと元気が出ないと思い込んでいる。いつもは鹿でも猪でも食べるのだから,馬の肉でも変わりはなかったのだった。」

肉を食べなければ元気の出なかった北ヨーロッパの男たち(リチャード一世=獅子心王は英国王であるが,十字軍の主体はフランス人であり,最も勇敢=野蛮な聖堂騎士団=テンプル騎士団はフランス人でである)が,十字軍が終わった頃には,パンを中心に考える人々になっていたと読みとれるのである。

さて,「中世のパン」を基に,パンのレシピの時間に戻る。

中世のフランスにおいて(おそらく他国においても),小麦は統制品である。小麦を作るのも,製粉も,販売も領主(王,世俗領主,聖職領主を問わず)に制限を受けていた。

パン屋でさえ,自由に小麦を買えず,領主に指定された市場において購入しなければならなかった。街中で売られている小麦を使ってパンを焼くことさえ「違反」であり,罰金の対象であった。

小麦が統制品であったのは,小麦が十分に多くなかったからであり,パン屋は小麦の在庫を多く持つことさえも制限されていた。つまり,毎日市場に行って,小麦を買い,

「粉挽」,「ふるい掛け」から行っていた(小麦粉は当時売られていなかったようだ)。そして,パンは,毎日,当時の正餐である昼食に間に合うように焼き上げなければならなかった。午前中には,ほとんどのパンを店頭に並べなければならなかったのである。

加えて,当時のフランス都市でも「焼きたてパン」に価値があったようであり,パンを在庫にしておくことも「禁止」だったのだ。

こうなると,パン屋の仕事は,毎日同じ時刻に同じ作業をすることになる。当時の窯は薪を燃やした熾で焼くのであるから,パン生地発酵と窯の準備は並行作業となる。どちらかが,先行しても遅れてもパンはうまく焼けない。

さらに,パンの重さ(値段)は,厳しく当局に監視(監視人が見回っていた)されていたから,いい加減なパンを焼くわけにもいかない。結果的に,パンづくりは時間に対してかなり厳密は作業にならざるを得なかった。それができることが,「パン職人・パン屋の親方」である必要条件であったのである。

パンを焼き上げる時刻の伝統について,志賀勝栄さんの著書パンの世界 基本から最前線まで (講談社選書メチエ)という本に,「いまでもヨーロッパに朝5時半にパンを買いに行くという風習がある」(p. 25)という記述がある。「ヨーロッパ」と一般化しているが,主にフランスパリを中心としてであろう。昼食から朝食用になったとはいえ,いまでも,フランスもパン屋は毎日パンを同じ時刻にパンを売れるようにしなければならない。

これが,同じヨーロッパでも,スイスやドイツの田舎に行くと変わる。舟田詠子さんの著書パンの文化史 (講談社学術文庫)207頁に「パンの保存」という表題の節があるが,そこでは田舎の自家製パンは,2,3週間まとめ焼いていた。という解説がある。

そして,「中世のパン」においても,都市外から市場に売りにくる「農家のパン」は貧しい人には便利な「日持ちにするパン」であったと記述されている(文章は変更した。同書 p. 122)。

まとめると,中世のパン「屋」は同じ時刻に焼き上げるためのパンのレシピを運用していたのである。それは,都市住民に安定してパンを供給するためであった。パン屋がストライキをすると,都市住民が植えることにならからである。

パンのレシピが時間に対して「厳格」なのは,このように,焼き上げ時刻の制約がかなり課されていたからであろう。

これは,おそらく,現代のパン屋さんでも同様であろうが,粉挽や薪の扱いが無くなった分,パン屋の仕事は減じたと思われる。

そして,最も言いたいことは,家庭におけるパンづくりは,レシピの時間を厳格に守る必要はないということである。もちろん,夜中や早朝に作業はしたくないから,それなりのスケジュールは必要であるが,生地の具合を見ながら作業ができれば十分であろう。

少なくとも現代日本において家庭でのパンづくりは,時間に厳格なレシピを守って行う必要はないであろうと考える。

 

 

 

パン屋さんになるための本を四冊斜め読みした記録

著者の方には,大変申し訳ないのではあるが,以下の四冊を約2時間で斜め読みした。

その記録。

2時間で読んだので,感想などというものはない。パン屋になるのは,大変だということだけがわかったのみ。

パンのレシピ本ではない本(過去記事:オリジナルは2016/1/30)

*初めに:このブログは基本的に「である」の文体を採っています。ただ,注意書き等は「です・ます」にもします。この記事は,gooブログに一度投稿したのですが,十分に内容書くことができませんでした。ブログを移転して,日付のみ変更しました。このブログでは,このようなことも書いて行きたいと考えています。以下は,オリジナルです。(2016/2/10追記)

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パンのレシピ本は、書店に数多くある。

しかし、パンとは何か?と、語ってくれる本はさほど多くはない。

私をパンの世界に引きずり込んだのは、滋賀勝栄さんのパンの世界である。


パンの世界 基本から最前線まで (講談社選書メチエ)

そして、パンの文化史で、いわゆる、センスオブワンダーを味わった。


パンの文化史 (講談社学術文庫)

パンを作り始めると、どうしても発酵というものを考えざるを得ない。例えば、ドライイーストの温度による活性度などのデータが掲載された学術書などを読みたいと思ってamazonを検索したが、そういう本はないらしい。発酵自体の学術書が少ない。

そして、やはり、小泉先生の本に行き当たってしまう。


発酵―ミクロの巨人たちの神秘 (中公新書)

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