映画『サウンドオブミュージック』の中のパン〜ロールパンのディナーを捨てるお話〜

WOWOWは2月になると米国アカデミー賞特集として,これまでの受賞作品をまとめて放映する。

映画にさほど興味がない私は,今まで気に留めることはなかった。

毎月,WOWOWからは番組紹介の冊子が郵送されてくる。受信料を徴収しておきながら,放送以外ほとんどサービスのないNHKに比べたら,WOWOWのサービス精神は立派であると思っている。

ただ,最近まで,我が家のテレビでWOWOWライブとシネマの予約方法がわからなかった。オンラインの番組表にはWOWOWプライムしか表示されないためである。仕事柄,家電の取扱説明書というのはほとんど読まない。大体,予測が付くからである。

しかし,中には,WOWOWシネマやライブにおいて放映されるプログラムを録画したい場合もある。それで,取説を読んで,それらのプログラムは,録画が日時指定として行えば可能であることを最近知って,随分と先のプログラムを録画予約するようになった。

前置きが長くなったが,そういう方法により,映画『サウンドオブミュージック』を録画視聴した。

3時間もある長い映画なので,4日間に分けて観た。今の私がテレビから出てくる情報量を受け入れることが可能なのは,1日に30分〜1時間程度である。情報量が多すぎて,疲れるのである。それでも,うつのひどい時は,全くテレビを見るということができなかったから,だいぶまともにはなったということになる。

映画の舞台のオーストリアは新婚旅行として行ったところである。ほとんどウィーンで過ごし,一泊二日として,ザルツカンマーグートを経由してザルツブルグに足を伸ばした。もう,23年も前である。

ザルツブルグを半日観光しようと思えば,モーツァルトとサウンドオブミュージックがテーマになる。しかし,私たちは,モーツァルトに少し興味は示したものの,サウンドオブミュージックはほとんど無視した。

新婚旅行をウィーンとしたのは,家内ではなく,私の要望であった。理由は,当時,私の最も興味ある国がオーストリアであったからである。オーストリアというよりも,ハプスブルク家の統治に関心があったというべきであろう。当時,『ハプスブルク家 (講談社現代新書)』という本を読んでいたからである。

今更ながらサウンドオブミュージックを観たのは,ハプスブルク家のオーストリア・ハンガリー帝国が第一次世界大戦後に崩壊して,共和制となり,第二次世界大戦中,ナチス・ドイツに併合されるが,その頃の雰囲気を感じてみたいと思ったからである。決して,新婚旅行の思い出に浸るためではない。

そして,このブログは,パンのことしか書かないブログである。

映画の中にどんなパンが出てくるのかは,当然ながら,重大な関心事であった。

サウンドオブミュージックの中にパンが出てくるのは,ワンシーンだけである。ジュリー・アンドリュースが演じる主人公マリアがトラップ家に家庭教師としてやってきた当日の夕食のシーンに,「小道具」というか「背景」というか,そんな感じで写っているのに過ぎない。

パンのアップがなかったので判別ができなかったが,ロールパンのように思えた。それも,日本のバターロールというよりも,クロワッサンに近い,しかし,クロワッサンほどバターが多くなさそうなロールパンである。一人に一つずつ皿に置かれていた。

サウンドオブミュージックの時代は,ナチスのオーストリア併合後であるから,1938年以降である。1940年代始めといってもいいかも知れない。

このブログにおいて,『パンの本:武器よさらばーヘミんグウェイ〜(食パンとロールパンおよびプチパン)』という記事を投稿している。『武器よさらば』は第一次世界大戦中,イタリアとオーストリアの戦場が舞台であり,武器よさらばと思った主人公と恋人はイタリアからスイスに亡命し,スイスのロールパンを朝食に食べたいと思いカフェに入るが,永世中立国のスイスにさえ,「戦時中のためロールパン」はなく。「食パン」を食べる。サウンドオブミュージックは武器よさらばよりも,おおよそ25年後のヨーロッパを描いている。

また,ジュリー・アンドリュースが同様に主演したメリー・ポピンズについても,このブログのパンに関わることとして,記事にしている。メリー・ポピンズは,武器よさらばよりも,更に数年前(おおよそサウンドオブミュージックのおおよそ30年前)の第一次世界大戦前の英国ロンドンが舞台であり,その映画に登場するパンはやはり食パンである:過去記事:映画『メリー・ポピンズ』でのパン〜当ブログ『パンを焼く日』の所以

トラップ一家は,ナチスのオーストリア併合と自らがナチスに拘束されることを嫌って,スイスに亡命する。富も名誉も捨てである(トラップ家の主人はオーストリア軍の大佐である:ナチスに併合されたオーストリア軍は,ナチスに協力して戦争する必要があった)。

奇妙な言い方になるが,戦争中であっても「ロールパン」を食べることが可能な暮らしを捨てて,「食パン」を食べるしかないかない生活を選ぶということである(戦時中,食パンでさえ食べることが可能であったのかという問題は別にして)。

日本において消費されるパンのほとんどは,食パンであるという。

当ブログにおいて,しばしば引用する図書『ウィリアウ・ルーベル著 「パンの歴史 (「食」の図書館)」』はパンに関わる様々な文化について教えてくれる。本の中に以下のような一節がある。
「富裕層と貧困層のパンのちがいを古今共通のひと言であらわせば,貧困層の食べるパンはいつも安い,ということだ。現在,それは大量生産の白パンを意味する」。日本において,大量生産される安いパンとは,どのようなパンのことを指すであろうか。パンを買うと『白いお皿』がもらえるのようなものではないかと考えている。

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